ベルリン暮らし

2.昭和3年5月6日1 異国の地で淋しい生活。ベルリンの女性の服装にびっくりしています。

「5月6日 たなかすみこ(旧姓黒澤すみ)宛 相変わらず勉強ですか。小生も一人きりのつらい淋しい生活を続けて毎日屋根裏でこつこつ勉強をしています。 話をしたくも誰もなくそれこそ自分に同情をよせてくれそうな人は全くないのでそれこそこんなことで月日が…

3.昭和3年5月6日2 ベルリンの街かど。地下鉄、路面電車。道路

「道路は全部アスファルトで我が日本のように壊れた所は少しもなく、皆、見事なものです。 自動車は素晴らしい大きな奴がうようよとしています。地下鉄道は6台連結のものがさかんに走っていて、皆どれもこれも非常な進歩ぶりを表しています。 電車(中の人注…

4.昭和3年5月6日3 黒澤すみ(のちのたなかすみこ)の姉、黒澤ゆき宛

婚約者黒澤すみ(のちのたなかすみこ)の姉、黒澤ゆき宛 だいぶ暖かくなりました。春らしい良い気候になりましたが、日本の懐かしい桜がないので、それが淋しくてなりません。どこを見ても大きな重苦しい建物ばかりで、只、それに少しばかりの青い草木がある…

5.昭和3年5月6日4 ベルリンの街かどから。ゴミが多い。貧弱な建物が多いから地震があったら?

「道路はよく整っていますが、その割にゴミの多いことで、その点は日本も変わりません。ただ、交通の盛んな道路は自動車の多いために道路が光っていることです。これなどは日本では全く見られないものですが、よくもあのように見事に光っているのだなと思い…

9.昭和3年6月3日1  「文章グダグダ。漢字当て字になりますがお許しください」1930年代のベルリンの動画

6月3日 その後ご機嫌いかがでしょうか?小生も少しづつこの土地に慣れてまいりましたから、またつまらぬことをお知らせいたしましょう。まあ新聞でも読むつもりで願います。宛名は雪子様すみ子様とありますが、どうか御二人の御方が全部と言うことなしに、…

10.昭和3年6月3日2 下宿転居。お気に入りの松林。敬一兄の思い出。6月になってもベルリンは寒い

「下宿は都合により転居することにいたしました。これにはいろいろ理もありますが、つまらぬことをお耳に入れてご心配をおかけましてはと思い、お知らせ申しません。くだらぬことは未だ他にもたくさんありますから、その時に申し上げましょう。 ベルリンにも…

11.昭和3年6月17日1 「いろいろと送ってくださってありがとうございます」「ドイツにてピアノ修行は大変です」

6月17日の手紙。この手紙は箇条書きになっています。 すみこ様 ◎第5信によりますと、ご不幸の御知らせがありましたが、さぞお力落ちしのることと御察しいたします。私も兄を失いましてから約1年位はいつも何をするのも勇気も出ず、ただそれのみ悲しみました…

12.昭和3年6月17日2 ベルリンでの友、原田氏。ドイツ料理は飽きました(>_<)。

(続き) ◎誰にも付き合いはない方が気楽でよろしいです。 あらー。(規矩士って人嫌い?) ◎構わずに小生宅のピアノを使用してください。日本に帰ってもカビの生えてないようによく弾いておいて下さい。 これは大正13年に共益商社から買ったあのベヒシュタ…

13.昭和3年6月17日3 イチゴ、蚊、南京虫。

ベルリンにもそろそろ夏が近づいたらしいように見えます。私の大好物のイチゴがたくさん出ましたが、そもそもそれを語ってきました。未だ食べませんが、早くいただいて初夏の気分になろうと思いますが、いつもそう考えていて食べそこないます。 www.pref.toc…

14.昭和3年6月17日4 クーダム通り。カイザーヴィルヘルム教会の中に入りたい。

「ベルリンのどこを歩いてもまず第一に目につくのは教会で、高い塔は空をついて立っており、日曜毎に(普通の日でもそうですが)打ち鳴らす祈りの鐘は、しみじみと何物かを物語っているように聞こえます。公園のベンチに腰をかけて休んでいる時など(大抵夕…

19.昭和3年6月24日3 ベルリンは寒い。食事が油が多くて閉口中。日本料理店に行きます。

⑤いくら暑いといいましてもうっかり油断をするとやられますから、常に注意を怠ることが出来ません。未だ冬じたくでおりますが(冬支度というとお笑いになろうか知れませんが)容易に衣物を脱ぐことが危なくて汗をかいてもそのままでいおります。 今頃は気候…

20.昭和3年6月24日4 ドイツと日本の高齢者福祉について言及しています。

「郵便屋は1週に月・水と2回に配達してくれます。いつも朝早く来ますので、うっかり朝寝をしていると起こされます。大抵顔を洗っている時に来ますが、私のが一番多く来るので、まわりの下宿人は皆、驚いています。前の老人が私に「そんなにたくさん内地から…

21.昭和3年7月1日1 メンソレータムお役立ち。クロイツァー先生のレッスンはコハンスキー先生のレッスンと似ている。

7月1日 すみこ様へのお返事 ①ベルリンの絵葉書でこちらから御送りする者の中で、あるいは同じものが重なる場合もあるといけませんから、お暇の折に一寸絵葉書の場所、名前をお知らせください。同一場所でもハガキが違うのならば、よろしいのですが、全く同じ…

22.昭和3年7月1日2 婚約者黒澤すみにいろいろなアドバイス。やっぱりドイツは景気が悪い

◎大家の教授はヘッポコのようにつまらぬ注意がなく、大きなあっさりしたものですから、こちらによほど素養がなければ全く何が何だかわかりません。ですからいつまでも注意は暗示を与えるというにとどまり(?)は何でも自分でしなければなりません。自分でい…

24.昭和3年7月1日4 洗濯石鹸で身体を洗ってしまったり、お買い物の失敗だったり、近所の子どもに「日本の切手」をあげたり。

⑦お話があらゆる方面にわたりますから、どうぞそのおつもりで願います。 先日も面白い失敗をいたしましたしたら、申し上げましょう。これは多分私の家の方からお聞きのことと思いますが、なお私から申し上げておきます。こちらではバスも(中の人注:風呂の…

25.昭和3年7月1日5 ベルリンでの日々の暮らし。夜11時ごろにやっと暗くなります。食事が塩辛いのは閉口。泥酔するドイツ人を見かけない。

「便所とバスとはたいていのところは同室ですが、私がもと居ました所は、その室が一寸切ってありますので、一度私が静かに入浴中、となりの便所に来た人が出る時に電気を消してゆかれたので、こちらはびっくりしました。大急ぎで抜き足差し足で電気をつけに…

26.昭和3年7月8日1ベルリンでの日々の暮らし。ドイツ語早くて理解不能。ドイツは右側通行です。いつまでも寒いドイツ。繕い物をしました。日本料理店の常連となりました。

7月8日 ⑨だいぶドイツに慣れてまいりましたが、未だなかなか失敗しています。言葉が本場だけに日本と違ってテンポが非常に速いため、2,3度アンコールをたのむような次第で、つまらぬことでも5分間くらいかからぬとよくその意味がわかりません。わかったつも…

27.昭和3年7月8日2ベルリンでの日々の暮らし。ドイツ人と日本人の体格差。下宿の話。

⑩体格でもそうですが、内地の女の方の体格はこちらに来ている人で言うとまるで半病人のようです。よく大使館や料理店で会いますが、身体が妙に前に曲がっていることで、何程こちらの人が「病人だ」と言うのはもっとものことだと思いました。洋服と身体とがき…

28. 昭和3年7月15日1 すみこの姉の絵の話、「柔らかい心の練習もいたしましょう」

7月15日 ①すみ子様のお手元へ ◎御姉上様の大作、見事に拝見いたしました。立派なものです。帝展にご出品はいかが?是非におすすめいたします。写真では色がわかりませんので、惜しいですが、本物はより以上に見事な出来栄えと思いました。よろしくお伝えくだ…

29.昭和3年7月15日2 ベルリンでの日々の暮らし 日曜日は買い物出来ない。規則正しい生活ぶり。

⑪日曜日をうっかり忘れて土曜日に買い物をしないでおりますと、日曜日に非常に困る場合がおこります。今はだいぶに慣れましたので、失敗はありませんが、これまでよくそれで困らされました。日曜日にありますものは、飲食店位なものでしょう。只今でも一寸困…

30. 昭和3年7月15日3 ベルリンでの日々の暮らし お金、果物、チョコレート、アイスクリーム。

⑫1マークとは日本金の薬50銭位に当たります。種類をお話いたしますと、銅貨、白銅貨、真鍮貨、銀貨、紙幣に別れていて、銅貨には1ペニヒ、10ペニヒ、50ペニヒ、銀貨には1マーク、2マーク、3マーク、5マーク、紙幣には5マーク、10マーク、20マーク、50マーク…

32. 昭和3年7月22日2 ベルリンの夏は暑くない。ドイツ人の働き方

⑬7月13日ごろから急に夏らしい暑さとなりましたがそれも3,4日続いただけでまた元の涼しさに返りました。入梅の心配はなく、いつも天気が続いて暑くても内地ほどカラリとしたこともなく、本当にいやになります。今まで真夏の候が急に雨でも降ると秋のように…

35. 昭和3年7月29日2 すみこへの返信2 石田一郎のこと。すみこは規矩士にマフラーを編むかも。イギリスの黒澤敬一兄がラジオで演奏しました。

②私もこちらに来ては何もかも忘れて勉強に全生命を落ち込んでいます(中の人注:全勢力をピアノに注いでいると言いたいのか?)ピアノを弾いている時など、日本と違ってその曲から聞こえてくるある精神に打たれて一人で涙を流すことがあります。この間もしば…

36. 昭和3年7月29日3 ベルリンには蝉がいない。「近所のレストランのピアノでリストを聴きました。驚きました」

⑮暑いので夏とは思いましょうが、蝉の声がないのは非常に物足りないです。その代わり盛んに秋の虫が鳴いていますから夏と秋とが一緒に来た感があります。一度で良いから大好きな蝉の声を聞きたいと思っておりますが、それが得られないのはまことに残念です。…

41.昭和3年8月5日3ベルリンの夏は涼しい。噴水がいたる所にある。

⑰日本を出てから月日のたつのは早いもので、もう5ヶ月は夢のように過ぎました。内地なら只今がちょうど暑い盛り、きっと海か山に出かけるところでしょうが、こちらは8月となりましたらば既に秋風が吹いて時には非常に寒いこともあります。 8月の1日ごろはか…

42.昭和3年8月5日4 ベルリンでの生活。友人が出来た。

⑱雨が降っても道路はぬかるむこともなく、かえってそれがためにきれいになります。日曜は近所でも静かになりますから、ピアノ練習は控えめにしています。ただ、日曜には時に訪問の人がありますので、大抵御通信は日曜にいたしますが、私の宅とこちらとの2通…

43.昭和3年8月12日1 下宿またまた引っ越しか?習字の話題

8月12日 ①今度はと思った新下宿も、また不当な要求を言って来たので、原田氏及び藤巻とも相談の上、あるいはこの月限りで他に移ることになろうと思います。内容は実に乱暴な要求なので、 (これは私が言うにあらずで、原田氏及び藤巻、某もあまりのことにあ…

46.昭和3年8月12日4 ベルリンの街にいる巡査、そしてドイツの兵隊の話。

⑲郵便配達夫も立派ですが、ここの巡査の立派なことは驚くほどです。巡査とは言っても内地に見る巡査にはあらずして名前だけの巡査で事実は兵隊と少しも変わりません。組織もきっと軍隊のようになっているらしいです。服装は多分写真で見られたかと思われます…

47.昭和3年8月12日5 だいぶ日が短くなってきた。広場のマーケット。魚は樽詰め。

⑳だいぶ日もつまりました。今まで11時頃までも明るかったのが、最近は9時頃になると暗くなります。市内電灯は大抵8時過ぎにつきましょう。余程暗くならなければつけません。これからだんだん寒さに向かうと思うと少し心細くなります。今までの気候ならば一向…

50. 昭和3年8月19日3 南京虫に悩まされています。

21.まだまだ内地は蚊軍の攻撃の激しい頃と存じます。毎度すみ子女史から南京虫征伐についていろいろの戦略をご指導にあずかりましたことを厚く御礼いたします。只今総攻撃の最中でありますが、敵はなかなか依然として一歩も退きません。おかげ様でかなりの名…