規矩士の芸術論

7.昭和3年5月16日2 音楽教授としての心構え。そしてシュナーベルの演奏会に行きました。

「日本の欠点としては先生は真に偉くなり過ぎるのが、大変に悪いことでこれがそもそもの進歩を妨げることとなり、従って生徒の上達ということにも非常なる影響を及ぼします。(こんなことは日本の方には大きな声で話すべきものではありません。全くに秘密で…

22.昭和3年7月1日2 婚約者黒澤すみにいろいろなアドバイス。やっぱりドイツは景気が悪い

◎大家の教授はヘッポコのようにつまらぬ注意がなく、大きなあっさりしたものですから、こちらによほど素養がなければ全く何が何だかわかりません。ですからいつまでも注意は暗示を与えるというにとどまり(?)は何でも自分でしなければなりません。自分でい…

31. 昭和3年7月22日1 ベルリンでの日々の暮らし 「自分の力に合ったものを上手に弾くことが第一です」ベルリンにもっと居たい

7月22日 ①お返事(すみ君へ) ◎音楽会のプロ(中の人注:プログラムのこと)を感謝します。木村氏のプロ(中の人注:こちらは演奏曲目のことと思われる)は私の知っておるものですから、きっと良かったことと思います。木村氏によろしく。 ◎すみ君の方はまた…

37. 昭和3年7月29日4 合唱の話題

「人が3人位集まれば必ず合唱をしますが、日本式のいやな声はありませんから、いつでも気持ちよくなります。一人が弾けば皆が相和する言うようにいつでも喧嘩等は起こらず、またぐでんぐでんに酔った者もなくして賑やかに楽しそうに毎日を送っているように思…

38.昭和3年7月29日5 「すべての信仰は偉大な神の声、音楽から与えられるものがまた非常に多いということも忘れてはならない」

⑯讃美歌でも歌いようによっては良くもなるし悪くもなるから、日本にもこの位の良いものがあったならばどれだけ多くの人が好きになったろうと考えられます。日本式にあんないやな声でしかも無理に有難たがらせて信仰に引き入れるようにするのは私でも本当に嫌…

40.昭和3年8月5日2 すみこへの返事2 規矩士の宗教観

②皆出席、上出来です。授業もそのように希望します。少し位の病気は誰でもありますから、別に心配はありません。 (中の人ツッコミ:時代です。今は「体調不良は速攻で帰れ来るな!」になりましたね。新型インフルエンザ以降に大きく変化し、新型コロナで定…

44.昭和3年8月12日2 規矩士の芸術論1

規矩士芸術論爆裂です。かなり専門的な話にもなっています。わかりにくい話ですが、一気に翻刻します。 ◎クロイツァー先生は大体クラシックを基礎にしています。もちろんショパンはお得意ですが、曲想及びペダリング、フレージングはクロイツァー先生のは全…

45.昭和3年8月12日3 規矩士の芸術論2 クロイツァー先生のレッスン

◎曲以外に勿論その曲からいろいろの場所を指定して指の練習をします。自分で指の練習の工夫は必要です。ある時は先生の本でも全部別に弾かせることがあります。二分音符の時にこれをスタッカートのように弾く時もあり、曲全体の感じはいつもある物語になるよ…

48.昭和3年8月19日1.規矩士の芸術論3 演奏のプレッシャーに勝つには。

① 自分の予想が当たるとは驚きました。未来もきっとたくさん当たるでしょう。皆様の御注意があったとか結構でした。注意の多いのは幸いです。 高折先生のお話云々がありましたが、自信さえあれば歳などは問題になりません。学生時代でもあがる人はあがる人、…

49.昭和3年8月19日2 ショパンのエチュードについての考察

◎弾き方の説明は一寸筆では書けませが、結局は弾くのを直接に聞かないとわからないと思います。また、筆で説明してもどんな具合にすれものかもきっとわからないだろうと思いますから。詳しいことは帰ってからのことにして大体わかる範囲で説明しましょう。 O…

64.昭和3年9月9日4「すみこ宛」4 襟巻感謝(届いているかはわからない)。クロイツァー先生に日本の絵を贈りたい。官費留学生としての心意気。

③編み物感謝します。これでこの冬は安心して超年が出来ましょう。きっと暖かで気持ちが良いと思います。それは女史の作ですから。なお一層に.....。(中の人ツッコミ:(*^-^*)と入れたいです) 今までの努力を本当に喜んでおります。休暇はこれで随分忙しか…

65.昭和3年9月9日5「すみこ宛」5 規矩士の兄、敬一の思い出2。ショパンの前奏曲作品28の7番の和音の話。

④お仰せにより、夜は少し注意いたしましょう。遅い時は2時頃までの時がありました。朝起きても頭がぼんやりとするので、今度は注意をします。 〇病気になると大変ですから。襟巻はいよいよ出来ましたか?早くつくのを楽しみに待っております。またきっと平和…

79.昭和3年10月3日2 マフラー使います。テクニックの勉強をしてくださいね。お料理頑張って(また言ってる笑)ハサミの謎。原田教授にはお世話になっています。その他近況報告。

②早速襟巻を利用します。おかげ様で温かい心が包んでくださるので、急に気持ち良くなりました。寒い時には毎晩のように夜半に目が覚めます。そして犬や猫のように身体を丸くしないと震えますから。スチームが通るまでは却って寒いでしょう。 〇入浴は大抵1週…

88.昭和3年10月13日6 クロイツァー先生のトリオを聴いて。規矩士のトリオ論1

「クロイツァー先生のトリオは音楽会シーズンの最初のもので、初めてベルリンに来て音楽会らしい良い気分に浸ることが出来ました。到着当時、ラモント氏の演奏を聴きましたが、こちらが未だ慣れないせいかあまり面白く聴くことが出来なかったのは遺憾でした…

89.昭和3年10月13日7 クロイツァー先生のトリオを聴いて。規矩士のトリオ論2 「やはり自由に表現できるまでテクニックは必要」

よく内地で「あの人はただ、テクニックを主として感情を表さぬ、まるで機械だとか、あるいは感情がさっぱりない、情熱がゼロ等言われる方を耳にしますが、内地でテクニックの非常な立派な人と言ったら悲しくも未だそれだけに立派な方は(これは甚だ失礼な言…

90.昭和3年10月13日8 クロイツァー先生のトリオを聴いて。規矩士のトリオ論3

話はだいぶ脇に逸れましたが、以上の三氏の御演奏は実にテクニックにおいては全く性格その字通りでした。まず第一の要素、曲譜を間違える(悪く言えば「ごまかす」と言う方が当たりましょう。一寸の引き違えはこれは氏方がありません。私の申し上げる間違え…

99.昭和3年11月5日3「すみ君へ」3 規矩士の芸術論 「その時代に合った演奏をするのが良いということに結論されましょう」

(規矩士ベルリン便りに戻ります。) 9.ロンドは見かけによらない難しいものです。 橘先生のお話、何程以前はその通りです。 けれども時世は決して同じではありませんから、もちろん演奏法も違ってきます。現代のもまた、後世いつか革命の時期にあるかもし…

112.昭和3年11月15日4 規矩士のリスト論

日本でリストをやる者は、こと一番主眼とする神々しい荘厳なる音については少しも注意を払われぬことです。かかる人のリストは、リストの音を巧みに出すだけで、真実のリストを弾くものではなく、それをもって完全にリストが弾けたと思われたら「大間違い」…

115.昭和3年11月21日 すみ君へ3 奏楽堂のパイプオルガン。東京音楽学校の話題。ベアトラム氏とは?オペラは苦手?真の芸術家とは?

4.奏楽堂にもオルガンが出来て面目を保てました。このオルガンは徳川様の時でも調子の点で閉口しました。三寸は本物のものはとても素敵です。 5.学校の方には、出来るだけ通信します。日本でも一生懸命に勉強すればドイツなど、決して負けないと思いますから…

160.(余談)チケットの半券たち9 バックハウス!(規矩士のバックハウス評)

1929年1月19日 午後8時開演 ベートーヴェンザール ベートーヴェンの夕べ ピアノ:ヴィルヘルム・バックハウス (1884ー 1969) 曲目不明 「鍵盤の獅子王」と言われたあのバックハウスの演奏会です! ドイツ、ライプツィヒ出身。ピアノは母が手ほどきして、ラ…

162. 昭和4年2月27日5 すみ様1(雑談)『芸術家は殊に乃木さん(乃木希典)の精神が必要です。』

2月27日付けの「すみ様」も割と話題がまとまっているように思いますが、一部編集しました。例のごとく番号の通りが元の文章の順番です。 「すみ様」 1.御姉上様の御式が乃木神社におかせられてと伺って、どんな強く心に響いたでしょう。日頃乃木さんは私…

177.昭和4年3月27日1  クロイツァー先生の演奏を聴いて1

3月27日 久しぶりにクロイツァー先生の独奏会を聴きました。 先生の奏法は全く独特でしょう。殊に音色の点では何人の追従を許しません。毎日お稽古をしていただいても、その妙音の出しかたはわかりません。コハンスキー先生、笈田氏、高折氏、いずれの方にの…

178. 昭和4年3月27日2  クロイツァー先生の演奏を聴いて2 クロイツァー先生の演奏には無理がない。

(続き) (クロイツァー)先生の演奏には無理がないのです。某氏大家の言われる通り、自然そのものです。ただ、大家になると我々共のような演奏法とは違ってある特別なる拍子の自由ということに重きを置かれますから、どうかすると思いもよらないところに拍…

179. 昭和4年3月27日3  クロイツァー先生の演奏を聴いて3「妙技に入るとその瞬間は我を忘れます。演奏者も聴衆も一つになります。そこに初めてその演奏の効果が完全に示されることになります。」

(続き) 話は逸れましたが、また、ピアノの続きで、今一つ感じた事は、大曲の全体の統一という事。これは先生ばかりではなく、誰にしてもなかなか難しいことでしょう。 しかし先生はあのカーナバルの(中の人注:シューマン作曲謝肉祭Op.9)大曲をあたかも…

180. 昭和4年3月27日4  クロイツァー先生の演奏を聴いて4「クロイツァー先生は演奏と教授が両立しているので、ベルリンでは第一流です。」

(続き) 自分などは悲しいかな、芸術家としての必要条件が何一つなく、全く恥ずかしくなります。技術は勿論のこと、人格はゼロときているので、これからも将来が恐ろしくなります。いくら飾ってもゼロはゼロですから、最早何事も断念したくなります。仕方が…