162. 昭和4年2月27日5 すみ様1(雑談)『芸術家は殊に乃木さん(乃木希典)の精神が必要です。』

2月27日付けの「すみ様」も割と話題がまとまっているように思いますが、一部編集しました。例のごとく番号の通りが元の文章の順番です。

「すみ様」

1.御姉上様の御式が乃木神社におかせられてと伺って、どんな強く心に響いたでしょう。日頃乃木さんは私の最も尊敬する偉人。その乃木神社で、しかもお式が。良いことをなさいました。私も何だか涙が出ます。御式が乃木神社におかせられてと同様に、いつもの乃木さんを忘れてはなりません。

芸術家は殊に乃木さんの精神が必要です。ともすれば人々が疑われるのは何のためでしょう。

芸術家とは、不真面目な、だらしない、しかも恋愛を学問とする「悪魔のようなものに等しい」と誰かが言いました。大都会はまだそんなように見ています。否、見られているのです。それを聞くたびにいつもぞくぞくさせられます。いつもこのことは忘れてはならないでしょう。

我々共はこの長年の(漢字が読み取れない)のような恥辱に対していつも戦えるように、剣を磨かなければなりません。乃木さんのことでついでに申し上げておきましょう。非常に嬉しかったので。

 

(中の人ツッコミ)

婚約者すみこの姉が結婚をするようです。式場は乃木神社

nogijinja.or.jp

御祭神の乃木希典とは?

https://www.touken-world.jp/history/history-important-word/nogi-maresuke/

www.ifsa.jp

規矩士が生きて「音楽を学んだ」時代は、ヨーロッパ音楽史ではロマン派と呼ばれる芸術運動の最後期でした。マーラー(1911年没)、ラフマニノフ(1943年没)、リヒャルト・シュトラウス(1949年没)、シベリウス(1957年没)といったロマン派の作曲家たちがまだ活躍していました。しかしドビュッシー(1918年没)、ラヴェル(1937年没)、ウェーベルン(1945年没)、シェーンベルク(1951年没)、プロコフィエフ(1953年没。余談ですが同じ日にあのスターリンが亡くなりました。)ヒンデミット(1963年没)、ストラヴィンスキー(1971年没)といったロマン派ではない作曲家も活躍する、まさに芸術運動の時代交差のあった時期でした。

ロマン派の芸術は「自己の内面を見つめ、極めて個性を尊ぶ芸術」です。

それまでの芸術の「規範をぶち壊すことによって何か新しいものが生まれるのでは?」と信じられていた時代でもあります。

「常識的な人生では革新的な芸術は生まれないから、非常識に生きてみようか」と思われがちな時代でもありました。

桐朋学園大学教授であられた末吉保雄先生は、これを「自己破壊願望」と言いました。(中の人はとても印象に残ったので憶えています。間違えていたらすみません。ちなみに末吉保雄先生は豊増昇の弟子なので、規矩士の孫弟子です。)

絵画のゴッホユトリロ、女性関係が複雑かつギャンブル依存症?な作家ドストエフスキー、破滅的な人生を送った詩人ヴェルレーヌ。規矩士がのちに全曲演奏をする「展覧会の絵」の作曲者ムソルグスキーアルコール依存症でした。ドビュッシーは女性関係がだらしない。日本でも文学者の太宰治もその流れでしょう。

規矩士の生きた時代も「芸術家なら自己破壊をしなくては」という刹那的な文化がありました。それを世間は「芸術家はだらしないから」とひとくくりにします。

「天才とヤバいやつは紙一重

規矩士はこれがたまらなく嫌だったようです。

しかしクリエイティブ系に重点を置くか、演奏に特化するか。演奏に特化すると、楽器演奏は習得するのに、多くの時間を使って練習をしなくてはならない。歌手や舞踊家は「体調不良」が怖い。

演奏家、歌手、舞踊家などは所詮「アスリート」になります。

バレリーナ森下洋子さんは「「稽古は1日休むと自分に分かる。2日休むと仲間に分かる。3日休むとお客様に分かる」と言っています。

手紙を翻刻していてわかるのは規矩士は「アスリート気質」だということです。

規矩士が生きた時代はもう一つ、「富国強兵」の時代でもありました。軍人が尊ばれたと思います。国民皆兵。戦争とは直接に関係ない「東京音楽学校」は戦後になるまで何かと差別されていたと思います。それも生真面目な規矩士にとって嫌だったのかと思います。

太平洋戦争中には、「軟弱な音楽学校をつぶしてしまえ」と何回も廃校の憂き目にあいました。『東京音楽学校百年史』にはそんなことが多く書かれていました。

東京音楽学校は欧米列強に「日本は音楽も西洋音楽を嗜むのですよ」と見せつけるために国策で作った学校なのに。

生真面目な規矩士は

「芸術家(音楽家)はだらしないとは言わせない。高尚な芸術にひたすら邁進しているのだから」

という気概だったのかもしれません。婚約者すみこに何回もこのことを書いています。

(余談)

音大生って案外真面目ですよ。とくにピアノ科や弦楽器科の連中は、幼少期からひたすらに「練習、練習、練習」

でないと音大までたどり着かない。ひたすら「練習」に明け暮れてしまうので、結局「アスリート気質」が多いように思う。自分を追い詰め過ぎて病む人も多いけどね。