(この稿はピアニスト・ピアノ研究家の松原聡様にご教示いただきました。松原様ありがとうございました。)
規矩士は1928年11月8日(9日かもしれない。残されていたチケットは9日と書いてある。日にちが違うのは規矩士の勘違いかもしれない)にラフマニノフのリサイタルに行きました。
場所はフィルハーモニーホール。
残されていたチケットはこちら。
プログラムは規矩士の手紙からこのように推測します。
プログラム
バッハ-ブゾーニ:Zwei Orgelchoral-vorspiele
(Bach-Busoni - The Complete Nine Chorale Preludesのこと?)
リスト :巡礼の年 第2年「イタリア」 「ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲」 S.161/R.10-7 A55
ショパン:練習曲Op.10-3(別れ)
ショパン:練習曲Op.25-12 (大洋)
ラフマニノフ:何か。
アンコール
チャイコフスキー:「四季」Op.37bisより11月トロイカ
ショパン:ワルツ(おそらくワルツ第1番 「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調 Op.18ではないかと推測する)
ラフマニノフは1917年、革命で混乱の祖国ロシアを出てアメリカに渡りました。コンサートピアニストとして活躍。このころには既に録音技術が実用化されていて、ラフマニノフも録音を残すことができました。現在は動画サイトにもいくつか上がっています。
その動画サイトから、規矩士が聴いたラフマニノフの音源のリンクを貼って、規矩士の感動の一日を一緒に楽しみたいと思います。
リンク先のラフマニノフの演奏は、規矩士が聴いたベルリンでのリサイタルの実況ではありません。アメリカのスタジオで録音されたものです。環境も違うので、演奏には差異があると思います。規矩士が聴いたのはこの通りではありませんが、雰囲気を感じることは出来ます。
まず、規矩士が大感動して、「何だか自然に涙が出てハンカチを濡らすべく余儀なくされた」チャイコフスキーの四季のトロイカ。
(これは想像を超えていた。こんな自由はトロイカは初めて聴きました。驚いた)
【Tchaikovsky: Troika (Sergey Rachmaninov, piano)】
規矩士の手紙からはスケルツォの何を弾いたかわからない。ちなみにショパンのスケルツォは4曲あります。
ショパンのスケルツォ第2番 ピアノロールでの演奏。ピアノロールとは19世紀にできたピアノの自動演奏システムのことです。オルゴールのようにロール紙に穿孔で記録しました。
ショパンの「華麗なる大円舞曲」Op.18
規矩士はラフマニノフの作品は作曲者本人よりゴドフスキの方が良いと書きました。ゴドフスキの演奏。
1921年の演奏。
婚約者すみこはこのゴドフスキの弾くショパンを聴いて、ピアニストへの夢をはぐくみました。
規矩士は「ラフマニノフは癖がない」とか「あまりに正確過ぎて多少ゆとりが足りないようなところもある」とか書いています。戦後バリバリのピアノ教育を受けた私から見ると、「充分癖強め」と思いますが、20世紀前半とは感覚が全く違うのですね。とても面白いです。
20世紀初頭、録音技術が実用化された直後のピアニストたちの演奏の録音を聴くと、現代よりかなり個性的です。テンポも自由に揺らし、音も自由にアレンジされています。
楽譜のいわば欄外にこそ音楽がある世界なのだと思いました。