115.昭和3年11月21日 すみ君へ3 奏楽堂のパイプオルガン。東京音楽学校の話題。ベアトラム氏とは?オペラは苦手?真の芸術家とは?

4.奏楽堂にもオルガンが出来て面目を保てました。このオルガンは徳川様の時でも調子の点で閉口しました。三寸は本物のものはとても素敵です。

5.学校の方には、出来るだけ通信します。日本でも一生懸命に勉強すればドイツなど、決して負けないと思いますから、充分に勉強されるように切に頼みます。

9.平均律は必ず知っておかねばならぬものでしょう。(中の人中:平均律とはJ.S.バッハ平均律クラヴィーア曲集のこと。)コハン先生もやがては日本を去られるでしょう。いずれにせよ遠からじその日がやってきます。今、新しい先生が誰が行くのが良いかと想像しています。

10.何もかも橘先生にご相談ください。ゆかしいご人格を尊敬するように。

18.学校では旅行中とのこと。何度も申し上げますが、後に良い印象が残りませんから、留守番をする方が利口です。人が何と言ってもそれは一週間で忘れてしまうものです。それよりか鎌倉でも行って元気をつけた方が利益があります。ただし卒業近くになったら、是非一度は行く方を勧めます。それはもう学生生活を離れることになるので、最後の旅行として一生の思い出にするようにしてください。卒業近くは誰も彼も真面目ですから、あながち馬鹿なるもしませんから、面白い旅行が出来ましょう。その折にはたくさんに良い印象が残ります。人間は気も心も張りつめている時には割合に多くの良い印象を残すものですから。その旅行がどうもと疑問が出たらよしても可。そうでなければ良く考えることです。

16.ベアトラム氏はバルダス先生に弾き方が同じです。何度も演奏しています。バルダス先生と思えば間違いありません。

17.オペラは毎日大変にあります。「マダム・バタフライ」などは今までに7,8回はやっていましょう。こちらではワーグナー物を見るようにしています。

19.日本でだいぶ良い音楽会が増えたことを喜びます。ベルリンでは毎日良いものですから、とてもやりきれません。ベルリンのようにますます日本でも盛んになることを希望します。

20.芸術家として恥ずかしくない立派な

「美しい心の真の芸術家」

が一人でも多くなることを願います。

自分だけが天下一人と言うような、心の卑しい芸術家でなく、どこまでも真面目な奥ゆかしい謙遜な態度の人が多くなれば日本は最早しめたものです。限らず日本もそうなりましょう。

世界一流の大家はみな奥ゆかしい真面目な謙遜な人たちばかりです。接しただけでも本当に感動させられます。そこに真にえらいところがあるのです。よく実った稲の穂は頭を下げると同様に。

 

(中の人ツッコミ)

奏楽堂のパイプオルガンは、元々は南葵楽堂(なんきがくどう)という、徳川御三家のひとつ、紀州徳川家の当主、徳川頼貞によって建てられた日本で最初のコンサートホールにありました。徳川頼貞ケンブリッジ大学にも留学し、「音楽の殿様」としても知られていました。オープンは1918年(大正7年)。パイプオルガンは1920年大正9年)に設置完了。イギリスのアボット・スミス社製。披露演奏会は11月。あの中田喜直氏の父、中田章の演奏であったそうです。実はこのホールは規矩士も出演したことがあるようです。規矩士はこの時はヴィオラを弾いたようです。ステージ奥にパイプオルガンが見えます。

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ところが1922年(大正12年)の関東大震災で損傷。パイプオルガンのみ1928年(昭和3年)、乗杉嘉壽校長の要請で奏楽堂に寄贈されました。

規矩士は手紙で、「面目が保てた」と書く一方で、このオルガンがすぐ調子が悪くなるとも言っています。

このパイプオルガンは現在は上野公園にある旧東京音楽学校奏楽堂の中にあります。

(2021年4月。中の人写す)

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J.S.バッハ平均律クラヴィーア曲集はきちんと勉強をするようにと規矩士のお達しです。そして橘糸重先生に相談をするようにとも書いています。

(小さな声で)規矩士は「橘先生に相談するように」「先生のご人格を尊敬するように」などの文言を多く書いています。すみこは橘先生の不満を何か書いているのだろうか?それが後年橘糸重先生のことを言わないという態度に出たんだろうか?

 

ベアトラム氏とは誰のことだろう?

(2024年1月30日追記)

ベアトラム氏について

ゲオルク・ベアトラム(バートラム)(1882-1941)

ドイツ出身のピアニスト。ベルリンシュテルン音楽院で教鞭をとり、ソリストとしてもフルトヴェングラーなどと共演。のちにアメリカに渡る。ニューヨークで死去。

規矩士は1928年10月27日(土)にコンサートに出かけたようである。

レコードか何かがあって、すみこが何か質問をしたのかもしれない。

 

やっぱり規矩士はイタリアオペラはよくわかってないようです。「マダム・バタフライはやっているけどね」というスタンスです。

畑中良輔著 『オペラ歌手奮闘物語―繰り返せない旅だから4』 音楽之友社 2009年の80ページに「東京音楽学校におけるオペラの考え」が書いてありました。

東京音楽学校はおしろいを塗って、派手なドレスをまとって、聴衆に媚を売るような声楽家を育成するところではない。」

メゾソプラノとして在学していた生徒が、学内演奏会でビゼーカルメンの『ハバネラ』を歌った時、聴衆に笑いかけたとして始末書を取られた」

「ということで、つまりオペラアリアは『修身の教科書』よろしく、無表情に歌っていたということか。」

オドロキな話ですが、こういう校風の中にいたのでは、とくに「イタリアオペラ」は「よくわからない」になってしまいますね。

 

 

20.は深い言葉です。