17.昭和3年6月24日1 日々のくらし。クロイツァー先生のレッスン 「大森の自宅ピアノは弾いておいてください」

① すみこ様へのお答え

◎諸問題も皆かように解決しましたから、もう苦しくもなんともありません。故ご安心ください。ホームシックは決しておこりません故ご安心ください。付け加えておきます。いろいろの御通信があるため、心はいつも内地におる時と同様。ただはじめは少し淋しいと思いましたが、今はもう慣れました。おたよりがある度に気強いです。

◎イチゴのお話を聞くたに胸がすうっとします。帰りましてからまたたくさんに頂戴します。

◎お稽古については大変に結構と存じます。どうかピアノの御母上様として十分にご勉強ください。学校も整理されて何よりです。

クロイツァー先生は本当にご親切な良い先生です。

教授はまた一層厳しいですから、いつも震えます。バッハ、ショパンはもちろん前に一寸弾きましたが、たとえどんなものでも先生に見ていただくと非常に安心が得られますから今では曲の如何を問わず何でも見ていただくようししています。

バッハ(ウェルテンペリーアテスクラビア。多分あなた方も皆やらなければならぬもの)(中の人注。バッハの平均律クラヴィーア曲集のこと)は日本に帰るまでに出来るだけ自分のものにしてゆきますから、そのつもりで。ショパンはバラードF-dur(中の人注:ショパン作曲バラード2番作品38)をしました。良い曲です。書物は全部黄色のものを使用します。(中の人注:ペータース版のこと?)

◎未だ本当に落ち着きませんのでお手紙を書く暇がないので失礼していますが、いずれどしどし書きますから。めちゃめちゃに何でも書きまくりますからそのおつもりで。笑わないように、また怒らないように頼みます。日付はこれから書きます。そちらで弾く考える時は、こちらとも通じてきます。御院の通り不思議なものです。

 

② 特別に何かご希望ならば何とでもご希望通りにお答えしますから、お考えのところをご遠慮なく御申し出ください。こうしてほしいとかああしてもらいたいなど、何かお気づきの時は私もその通りに何でもお答えいたしますから、付け加えて申します。

 

◎何か事があった時には全く淋しさが身に沁みますが、自分でも決心していますからご安心下さい。御通信のあるためにいつもにぎやかです。

◎大森の方のピアノはたくさんに御弾きください。どうせ誰も弾き手がありませんから。私もそれを喜びます。写真はこの前のは大成功。何でもよろしいのをお送り下さい。鳩のところは素敵です。気に入りました。

(この後の笈田氏に関して、ここの部分のみの無断転載を禁止します。どうぞよろしくお願いいたします。)

◎笈田氏についてはいずれ言いますが、私としてはあまりお付き合いの出来ない人と思います。決してその人をけなす理ではありませんが。その人の善し悪しを言うのは好みませんが、多分日本に帰っても私のことをもちろん悪く言うことはおろかなことで、たとえ何と言ってもそれには耳をかさぬことです。時には浅田さんにも何か告げるでしょうが、(浅田さんが私の事について行ったことも、皆こちらには知れる位ですから)何を告げても平気な顔でいてください。

私も笈田氏が日本に帰られるまでは自分の本当の勉強のところを少しでも見せず、またどこまでも馬鹿者に見えるように付き合っていますから、いずれ笈田氏が帰られたらいよいよ本舞台に入る考えです。変わった人には変わったようにおつきあいをしなければ他に道はありませんから。こちらからいろいろのことを言ってその人をどうこうするのはまことに卑劣ですから、すべて何も申し上げません。何かあっても決してそれを信ずる必要なく、また浅田氏がいろいろの事を言うようですが、それは人のことにして自分は自分の勉強をすることが良いでしょう。つまらぬことで心配するのは損をします。ただ非常に変わった人としてお知らせしておきましょう。よくご注意下さい。

浅田さんは決して何事も私から申したことを言って困ります。」

 

クロイツァー先生のレッスンについての言及があります。

 

大森の田中家のピアノは「すみこ先生に弾いてもらって維持してください」とお願いをしていますね。

そして笈田光吉氏に関しては、やはり規矩士とはそりが合わないみたいです。この後も笈田氏に関していろいろと書いていますが、電脳空間にいろいろと書くのもどうかと思いますので、この後は「書いてあった」のみ翻刻することにします。

人間そりが合わないのは仕方がないことだと思います。