10.昭和3年6月3日2 下宿転居。お気に入りの松林。敬一兄の思い出。6月になってもベルリンは寒い

「下宿は都合により転居することにいたしました。これにはいろいろ理もありますが、つまらぬことをお耳に入れてご心配をおかけましてはと思い、お知らせ申しません。くだらぬことは未だ他にもたくさんありますから、その時に申し上げましょう。

ベルリンにも内地で申せば大森とか蒲田といったような良いところがあります。今の下宿から一時間ばかりで(徒歩にて)景色のよい松林に出会えます。時々夕方暇をみて参りますが、先日などは殊に天気気温もよく大変良い気候でしたので、松林の中を歩いていて思わず内地へ帰ったのではないかと思われました。松林には月がかかってまいりました。松林の下は芝生になっていて、そこには人は誰もおりません。一年昔にお伺いしたその頃と少しも違わず、そこがベルリンだなとは夢にも考えられず、ただぼんやりと松の根本に腰をかけて月を眺めました。日本でしたならば別に普通のことでも、国が変わると本当にある気持ちに打たれます。一寸したことでも変に気にかかるもので、よく寝られないこともあります。せめてこちらにきても自分の思うことをよく理解し同情をしてくれる人があればよいのですが、悲しいかな、一人もないので、その点は遺憾に存じました。」

規矩士はやはり芸術家なのだと思います。ナイーブなロマンチストと思います。

 

(ここからは笈田光吉氏に関していろいろと言っています。笈田氏にもきっと言い分はあるでしょう。要するに規矩士と笈田氏のそりが合わなかっただけかなと思います。人間相性が悪いというのはあるあるなこと、読み流してください)

笈田という人もよほど変わり者ですから、普通のことはよく親切にしてくれてもそこが他人行儀とかで深く親しむことが出来ません。細かいことは愚痴になりますから申し上げませんが、笈田という人よりかもここに本当に良い人が一人出来ました。

その方は某学校の教授でその人こそ本当に誠意のある人として信頼しております。どんなに細かいことまでも嫌な顔をせずに、それはそれはご親切で、ドイツではじめて会った方とは思われません。家探しの時などはほとんど一日つぶして私と共にあちらこちらと歩いてくれました。お名前は申し上げませんが、人の話によってもその方はこちらに来ている人には稀に見る人格者だそうです。私も本当に安心しました。この方は偶然ドイツの大使館でお目にかかったのがもとで、それから今日までいろいろのことでご心配をいただいております。どんなに困ってもこの方がいる以上は心強く感じます。私の見るところ、こちらにいる留学生の多くが言葉には表せないことをしていると言うことも知りました。幸いにそんな心の美しい人格者に巡り合ったということも、何かの縁のあったことと非常に喜んでおります。

ちょうどその方は、私の兄のような痩せた人で、何だか自分の兄ではないかと思えてなりません。行いが全く自分の弟に対するようです。ご年齢は43歳とかだそうでした。だいぶ余談をしましたが、その話はその位にしておきまして、また、何かの折に申し上げることにいたします。」

 

この親切にしてくださる方は誰?誰?(興味津々!)

兄、敬一のことに言及しています。2年前に亡くなった兄の思い出を語っています。胃腸の弱かった敬一氏はやはり痩せていたのですね。

 

「6月になったというのに、未だ寒く、今もって冬服を着ております。雨が降ると温度が急に下がるので、油断が出来ません。夕暮れの時分が長くて、大抵10時ごろまで明るく(只今が)午前2時ごろには夜が明けますから、夜の時分が殊に少なくうっかり遊びすぎると夜が明けて帰ることになりますから注意が必要です。普通の雨降り位では、外套だけで歩きますから(老人婦人は別として)傘の心配はいりません。先日も勇敢に歩きましたが、途中から土砂降りとなり、おかげ様でびしょぬれで帰りました。洋服もいつになったら夏服になるのやら、今のところ全く見当がつきません。気の早いやつは、この寒いのに夏帽子をかぶります。」

 

規矩士がいたころのベルリンは、今よりも寒かったかもしれません。最近は地球温暖化で、6月のベルリンはたまに30度まで気温が上がるようです。雨だと気温が下がるのは変わらないようですね。だから一年中スーツで大丈夫なんですよきっと。

ヨーロッパの建物は「冬を旨とすべし」で作ってあるので、エアコンないし暑い!夏至の月の6月に最高気温をたたき出す地域が多いようで、最近はよく「ヨーロッパ熱波」というニュースが流れます。

ja.weatherspark.com

【2022年のヨーロッパ熱波のニュース】

news.tv-asahi.co.jp