24.昭和3年7月1日4 洗濯石鹸で身体を洗ってしまったり、お買い物の失敗だったり、近所の子どもに「日本の切手」をあげたり。

⑦お話があらゆる方面にわたりますから、どうぞそのおつもりで願います。

先日も面白い失敗をいたしましたしたら、申し上げましょう。これは多分私の家の方からお聞きのことと思いますが、なお私から申し上げておきます。こちらではバスも(中の人注:風呂のこと)便所も洗面所もすべて一か所の室になっていますので、時には大変に困る場合が起こります。バス(風呂のこと)に入りましたのですが、折悪くソープを忘れてましたので、弱っていた時に幸いバスの脇に一個上等のがありましたので、これ幸いと使用に及びましたところ、どうも済んでから(中の人注:風呂から上がって)いやに身体がこわばるようでたまらず、それはそのままにしてよい気持ちで臥せりましたが、翌日聞いてみたら洗濯ソープとやら。なるほどそう言われてみるとどうも変だと思いました。これなどは全くお笑いごとのように聞こえますが、その時はそれでも一生懸命なのですから、今から考えると本当に吹き出したくなります。自分では得意になってしかも頭から足の先まで全部洗ったのですから、その勇敢さが思いやられます。」

(中の人ツッコミ)

規矩士は浴用ソープではなく、洗濯用の洗剤で身体を洗ってしまったようです。ここのウェブサイトによるとこの時代には、まだいわゆる「合成界面活性剤」はなかったようです。やっと開発された所といった感じ。一般向けに発売されるのは1932年(昭和7年)のことだったようです。規矩士が間違えて身体を洗ってしまったのは従来の石鹸だったようですが、身体を洗うものと洗濯用は何か細かい成分が違っていたのかもしれません。

規矩士は風呂とトイレと洗面所が一緒の欧米式に混乱していらっしゃいます。

www.live-science.com

 

「また、ある時は通ってはならぬ道を平気で歩いたことで、あとでよく見たら「禁止」の札があるではありませんか。どうも巡査君がしきりにこちらを見ては目を光らせていたのがその時は何の意味だか分かりませんでしたが、やはり今思い出すとそうであったかと気付かれ、何だかその時が非常に恥ずかしかったように思われて自分でもぞくぞくします。

果物などもそうで普通リンゴ、ミカンなどは1フントいくらと言って売りますが、(日本の百匁とか一斤とかとイのに同じ。大体1フント4つくらいあります)バナナはそうではありません。そんなことは全く知りませんから、リンゴを買うと同じようにバナナも「アインス」とやりましたが、バナナをたった1本だけしかくれないので「おやおや」と目を丸くしました。先方でも変な顔をしてこちらを見ているので、いよいよ怪しいとにらみましたが、事情がわかりませんので、馬鹿に変な1フントのバナナだなと思って大事そうに持って帰りましたが、後で聞けばそれは大変違い、バナナは1フントいくらで買うのでなく、1本2本と売るのが普通だと言われて赤面しました。道理で先方も「変な奴だな」と見るのも当然。こちらは1フントにしては馬鹿に数が少ないなと思ってもそれがそうかと思っていますから。

打ちかえったようなものでわからなければえらい間違いをしますから、面白いものです。

幸いリンゴやミカン等をいっぺんに買った時に、バナナを加えたのですから良かったものの、そうでなければそれこそ赤面してしまいましょう。その時分は計算があまりよくわからなかった時ですから、何をされてもそうかと思いこんでしまったもので、今から考えると田舎者を完全に表したことが、とてもおかしくてなりません。只今ならばそんな間抜けをしようとしても出来ませんが。」

 

(中の人ツッコミ)

1フントとは1ポンドのことのようです。ポンドをドイツ語で「フント」と言ったようです。(1Pfund。あえてカタカナで書くとプフントが近いかも)

ja.wikipedia.org

「また市内を歩くとよく子どもが我に「日本人と見ると何か言ってくるのですが、始めは何のことだか全くわからなかったのですが、これには全くうるさい子どもたちとしてあまり側に寄らぬように遠くの方に逃げて回りましたけれども、話が解ってみると、何のことはない、私共に「日本の切手をくれ」と言うだけのことで、他には何を要求するものでないということがわかりました。すべて意味が解らなければとんだ失敗を重ねることはとかくありがちのことで、後では馬鹿だと自分でも考えられてもその時は一生懸命なのですから、どうか私はいかに田舎者を表して済ましていたかということをたくさんにお笑い下さい。弟から来た絵葉書に芝、増上寺がありましたが、私の説明が悪いので、下宿の女中が、日本のレストランに早合点し、感心しました。」