22.昭和3年7月1日2 婚約者黒澤すみにいろいろなアドバイス。やっぱりドイツは景気が悪い
◎大家の教授はヘッポコのようにつまらぬ注意がなく、大きなあっさりしたものですから、こちらによほど素養がなければ全く何が何だかわかりません。ですからいつまでも注意は暗示を与えるというにとどまり(?)は何でも自分でしなければなりません。自分でいろいろに考えてみてやらなければならず、日本式は万事を依頼することはもっての他です。一つの注意があらゆる方面に関係していますから。」
(中の人ツッコミ)中の人の意見ですが、何の世界でも「監督」と「コーチ」は違うと思います。「監督」は手取り足取りやりません。全体を見て大きく方向性を決め、指示を与えるだけです。「コーチ」はその方向性に沿って実践する役目です。
ピアノも同じで、いわゆる大家と言われる先生は「曲のイメージ」しか言いません。イメージを実践するために助手と言われる先生が要るんです。ある程度のレベルになると助手の部分は自分で出来るようになります。しかしこの「曲のイメージ」は大切。このそもそものイメージがおかしなことになっていると演奏そのものがおかしなことになってしまう。
いろいろな証言からクロイツァー教授はこの「イメージの伝え方」が絶妙だったのでは?と思っています。
◎ショパンの曲結構です。わからない所は直接に私から先生に聞きますから、どしどし質問を発すること。いつでも大森に避難せられ(?)。日本に帰ったらまた善いピアノを置けるように考えています。昔と違って昨今の生活状態からこちらのピアノを求めることはとても不可能です。こちらは只今は大変な物価の悪い時で、むしろ日本より以上の程度でしょう。フランス(中の人注;おそらく)などは本当にうらやましいです。日本金はとても相場が下落で我々共には大影響を与えておりますから。大森を早く自分の室としてたくさんに御勉強下さい。楽譜等勝手に使用せられ交互にあるものは私のですませて別に買う必要はありません。自分のものとしてさかんに使用すること。
黒澤すみ(のちのたなかすみこ)はショパンについて何か質問したようです。(すみの手紙が残っていないのが残念です)
そして日本にあるベヒシュタインをせっせと弾いて、メンテナンスを頼んでいます。(楽器のメンテナンスには弾くということも含まれます)ドイツの物価はあまり良くないようですね。やはり第一次世界大戦の賠償金の問題があったのでしょう。
第一次世界大戦のドイツの賠償金を払い終えたのは、2010年だったそうです。
日本での不景気は、第一次世界大戦の好景気の後の反動やら、関東大震災の影響もあるのでしょう。この1928年(昭和3年)はまだあの世界恐慌は起きていません。
規矩士は「楽譜も自分のを使ってください」と言っています。
◎歌の伴奏、何でも上等。大いに練習すること。交換(?)演奏もどしどしやること。失敗なんぞ遅るるに足らん平気でやって下さい。今ではこちらがおどおどして胸がつかえそうです。まあ両方で勉強してあらん限りにやること。(但し身体を損なう勉強は勉強にあらずして過労になるから、人には少し遅れても落ち着き払ってやること。本当の勉強はこせついたものでは駄目。意味をはき違えると何でもだらしなく自分の思う快楽をしたことによって、真の芸術が築かれると大言を吐く連中があるから、そんなことに耳を貸さぬこと。ベートーヴェンがした行いをそのまま自分がしようなどとする連中がなかなか多いですから。なかなかもって世の中は面白いものです。どうか私でよければ多かれまた質問はやさしいのであまり難しいのはわかりませんからそれだけご了承下さい。」
(中の人ツッコミ)歌の伴奏もどしどしやりましょう、と書いていらっしゃいます。規矩士は「ソロ」以外にも「アンサンブル」も勉強になりますよ、という意見ですね。私も同意見です。
19世紀の芸術家と言われる人々は「自己破壊願望」があると言われています。個人の内面の芸術を追い求めたロマン派の時代、「自己破壊」をすると常人には見えない景色が見えるのでは?と真剣に考えられていた時代です。画家のゴッホ、少し時代が違いますが作家の太宰治などがその代表例でしょう。
真面目と伝えられる規矩士、「音楽はいいけど、トンでも生活を送った芸術家の真似はしなくていいですよ」と言っています。(私はそう解釈したのですが?)
◎南京虫はどこにでもいますので、覚悟していますからご安心下さい。多い時は20個/1か所位、あるいはそれ以上のこともあります。食われた場所がとても赤くふくれるので、幾日も残っています。平然としていますからご心配には及びません。
相変わらず南京虫に悩まされています。