186.昭和4年4月14日6 すみ様6 雑談1
9.御兄上様のことから話がだんだんに逸れていやなことを申し上げてしまいました。今日はどうしたものか御母上様の「こらこら」とか室に花とかとかが妙に頭に強く響いてペンをとりながらも気が変になりそうでした。一年は夢のように経ちました。私のごとき者にでも誠実に仕えて下さるお心持ちを聞いて、どんなに力強く思ったでしょう。何事にも至らぬ自分。人間の道に外れたこんな者にどこまでも変わりなくして下さることは本当に恐縮してしまいます。毎日皆様のことを思っては自分を励まし、勉強を続けています。
10.ベルリンに来ても幸い善良になる人々が私を導いてくれましたので、どんなに救われたことでしょう。危険になると大抵誰かしらが助けてくれました。最も親しい原田教授と今、お別れするのは淋しいのですが、どうか願わくば同氏のような人に将来もお付き合いしたくと願ってやみません。
15.クロイツァー先生からはますます信用を得ています。私のことについては浅田様は勿論、その他の親友と思われる人にも他言下さらぬように願います。これだけは固く約束します。何事でも人に話す前にはよく考えてからにしてください。一度話したことはあとで悔いても及びません。これはその事件の善し悪しにかかわらずどうかすると困ったことが起こる場合がありますから。つまらぬ世間話は別として、一寸考えさせられるようならは一々自分の心に問うてみることが必要です。これは男女いずれの方にも適用されます。自分でこれならばと思ったことでもよく考えてからにされた方が良いのでしょう。
16.殊に先生に対しては(吾輩のような学生みたようなものは別として)特に一言一句に注意して話をすることです。人を褒める分には差支えはありませんが、かりそめにも悪口等はもってのほかです。生徒はどこまでも生徒らしい態度があってほしいものです。女の人はどうかすると先生に甘える者ですが、これなどは自分の勉強の進歩を鈍らせるものでしょう。その辺は自分でよく考えてみなければわかりません。これは自分が先生になってみるとよくわかります。女に限らず男でも甘えて先生を良いようにするのは利益のようで、結局は不利益になるので、出来るならばいつも初めと変わらないように尊敬の念を忘れないことにしたいものです。技術のことは時には生徒の方が優れる場合もありますが、そうだからと言って先生を馬鹿にするようなことは、我々人間としてできるものではありません。3月の卒業にあたって将来もますます尊敬の念を失なわないように。勉強を続けてください。
〇満つるは欠けるが如くいつも威張らないで、素直に何事にも努力すること。檜も柳の風になびくが如く。
(中の人ツッコミ)
このあとは雑談です。
長い冬を乗り越えたものの、やはり日本が恋しくて少々淋しくなっているかもしれません。そして日本を離れて1年が過ぎ、「夢のような一年だった」とも書いています。
謙虚と伝えられた規矩士。婚約者すみこにも「先生に対して謙虚でいてください」と書くのでした。